のぶパパ君のうつ病回復日記

うつ病からの生還者

僕の日記読みませんか?4

1月23日に子供達に話した。娘は泣いている。息子も動揺が隠しきれないでいる。
まず妻が「パパ病気になっちゃった」た伝えた。
僕も「頭の病気になっちゃった」と明るく話した。
子供達は癌や脳腫瘍のような治らない病気になったんだと思ったらしくかなりびびったようだ。
そのあとで、うつ病になった事とどんな病気なのかということを話した。治療には時間がかかる事も話した。
そして僕は「しばらく主夫になります」「よろしくお願いします」と言った。
 後で妻に聞いたが息子はこのままラグビーを続ける事ができるのか?学校には通えるのかと、僕には言わなかったが心配していたらしい。娘も僕が自殺をするのではないかと心配している。
1月28日続きを書く
 1月24日リハビリを兼ねて午前中に散歩に出てみる。一人でゆっくり歩いて帰って来るだけだ。日の光に当たることが改善につながると何かで言っていたからだ。
 歩く前から少し不安になる自分でも大丈夫だと言い聞かせながら……。それとこれも症状の一つなのかと、考えながら出発する。
 歩いているとだんだんと不安が押し寄せてくる。ここで思い返す、友人が言っていた「あまり一人にならない方がいいよ」
 そう言う事かと納得した。家に居れば今は子供達がいるから安心して居られるが、普通に学校に行っていたら自分は、大丈夫なのか?と思う。
 ただの散歩なのに泣けてきた。やっぱり病気なのだと実感する。
 気分を変えて歌を口ずさんでみたらその歌にまた泣けてきた。歌うのをやめた、歌いたかったのは海援隊の「人として」だった。ギターでも弾いていた大好きな曲だった。